上司と部下の関係。お互いに利用する理想的な関係

2017.03.26 (日)

「権威」は使っていいので「資金援助」お願いね!(笑)

 

まさにド貧乏だった正親町天皇はこの作戦を取りました! 自分たちのまだ残されている聖域の「権威」を信長社長に提供することで「資金援助」を引き出した言えます。

 

これはひじょ~に「かしこい経営判断」だと思いますね♪ この当時、正親町天皇の朝廷内の状況も決して確立されていたわけではなく、正親町天皇に抵抗する勢力もいたと言う話もあります。つまり正親町天皇もその反対勢力に対して・・・、なんらかの結果を示さなければいけなかった状況にあったようです。

 

だとしたら・・・、信長社長を使わない手はないと言うことになりますね。これも前回の義昭社長と同様に・・・、お互いの利害関係が一致したと言うことになります。

 

しかし繰り返しますが、同じ状況だった「義昭社長」と「正親町天皇」の結果が真逆に出たのはひとえに正親町天皇が・・・、引くところは引いたからだと言えます。その点、義昭社長とはやっぱり違うんですよねえ(^^)

 

実際に正親町天皇は信長社長から多額の資金援助を引き出しまして様々なことをしてもらったと言われています。

1、皇室御用地の領地回復

2、清涼殿(せいりょうでん=京都御所の一部)の修理

3、借金返済に困った公家たちの立て替え

等、こちらはほんの一例ですが実に信長社長に色々な「資金援助」をしてもらい、自身の朝廷内の立ち位置を回復していきました。

 

ただ当然ですがもらうだけでは信長社長にキレられますんで(^_^;)、信長社長に自身の「権威」は提供しました。

 

と言うのも当時の信長社長は前回も書きましたが「信長包囲網」を形成されるほど周辺諸国(会社)から嫌われており「スキあらば」と狙われていたので、そんな信長社長にとって「朝廷の権威」は・・・、ひじょ~に使えたわけですね。

 

これは昔から良くある「官軍(かんぐん)」と言う考え方で言ってしまえばどんな私的な戦でも朝廷が味方につくと「こっちが正しい」と言う「お墨付き」がつくんですねえ。なので信長社長もそれにならって例えば前回も出てきた信長包囲網の一角である「朝倉株式会社」を攻めたり、当時10年にわたってやりあっていた「本願寺勢力」との和解の仲介を頼んだりと大いに利用していますね(^^)

 

正直に言えば正親町天皇からすれば「尾張(愛知県)から来た新参者に権威を使われるのは嫌だ」と思っていたと思いますし、実際に周りの公家たちが反対をしたと言います。それをやってしまえば「権威」が落ちますからね・・・(^_^;)

 

しかし正親町天皇は言ってみれば・・・、名より実を取ったと言うことですね。この辺がひじょ~に冷静な上司ぶりが見える正親町天皇です。

 

そしてもう1つ、正親町天皇は・・・、朝廷内の人事はにぎっていたと言われています。信長社長に「人事介入」をさせなかったんですね。そこは「折れられない」領域だったんでしょう・・・。

 

正親町天皇は「取るところをしっかり取って使えるものは使う」経営判断で信長社長とうまく関係を築き、朝廷内でのポジションも確保していきました。

 

次回まとめます。

 

明日も1日歴史でたのしくいきいきと!

 

 

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