上司との関係。「平安時代」の武士の立場

2017.04.12 (水)

「武力」しか頼りにされていなかった平安時代の武士

 

ここで今回の時代背景をばご紹介しましょう♪

 

私のコラムは「歴史からひもとく」ですからやはりあなたに「感情移入」して頂かないと先には進みません! と言うことでこの時代はいわゆる教科書的には・・・、「源の時代」と言われる時代になります。具体的には「平安時代」の最後ですね。

 

このあたりの時代で歴史的にお~きなポイントとなっているのは・・・、世の中的に「武士」が大きく台頭してきたと言うことです。

 

昔から日本では「戦」がありました。教科書的に出てくる大きなものと言えばおそらく「飛鳥(あすか)時代」のあの「大化の改新(たいかのかいしん)」からの一連の戦(例えば皇位継承をめぐって起こった「壬申の乱(じんしんのらん)」)とかあたりからでしょうか。

 

ただいわゆる「武士」と言う人たちが世の中に登場するのは約10世紀ごろだと言われています。その中でも大きな勢力を持っていたのがいわゆる・・・、「源平」と呼ばれる「清和源氏(せいわげんじ)」と「桓武平氏(かんむへいし)」になります。

 

このそれぞれ前についているのは恐れ多いですが(^_^;)、歴代の天皇(清和天皇・桓武天皇)の名前ですね。つまり「武士」と言っても起こり・起源は・・・、天皇家から派生していると言うことになります。

 

ですがこの場はこの辺を詳しくお話しする場ではないのでこの辺にしまして(すみません(T_T))、話を戻すと平安時代には・・・、「源氏」と「平氏」と二大勢力の武家集団がいたと言うことです。

 

ではこのいわゆる「武士」と呼ばれる人たちが社会的にどれだけの力を持っていたかと言うと平安時代には・・・、あまり持っていなかったと言うことになります。と言うのは平安時代はまだまだいわゆる「朝廷」の力がすごく大きく、平安時代の武士はその朝廷に仕え、使われている存在にしか過ぎませんでした。

 

この当時、朝廷では「武力」をほぼ持っていませんので、何か武力を使わなきゃいけなくなった時には武士の皆さんが出ていくと言うそんな感じです。その功績により武士が朝廷から「官位」等を受けると言うのが流れでした。

 

でもなんかおかしいと思いませんか? この「朝廷」と「武士」の関係って・・・???

 

だって武士の方が「兵力」を持っているのであれば、極端な話、「朝廷を攻撃して占領しちゃえばいいんじゃないの?」と思ったりもするのですが、それをしないのが日本特有の考え方なのかなあと思います。言い方は悪いですが、都合の良い時だけかり出されて、少しの恩賞を受けて、おいしいところは何もしない朝廷の人たちが持っていく・・・。そんな状態が長く続いていたんです。

 

それにたいして「武士の力をもっと大きくしたい!」「俺たちだって国を動かしたい!」と思い始める武士の人たちが出てきます(まあ当然と言えば当然の流れですわね・・・) その代表的な人たちがあの有名な・・・、「平清盛(たいらのきよもり)」「源義朝(みなもとのよしとも)」と言った人物になります。

 

今回はあくまで「源氏」のお話しですので、清盛のほうは取り上げません(すみません(T_T)) 義朝さんは今回の登場人物である「頼朝・義経兄弟」のお父さんになります。

 

続きは次回ご紹介します(^^)

 

明日も1日歴史でたのしくいきいきと!

 

 

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