管理職のスキル。丸腰で敵中突破した謙信社長

2016.12.07 (水)

「北風」と「太陽」のどちらで行くべきか・・・

 

越後の守護(支社長)となった謙信社長、その後近隣諸国と度々戦をしていました。このへん、謙信社長の特徴としてひじょ~に特筆すべきは・・・、自分の野望・欲望のための「私戦」ではないことが多いことがあげられます。

 

ここも詳細に入りこむと長くなってしまうのではぶきますが、謙信社長が越後支社の支社長になった頃、近隣諸国では2人の戦国武将が暴れていました。それが・・・、甲斐(山梨県)の武田信玄(たけだしんげん)と相模(神奈川県)の北条氏康(ほうじょううじやす)です。

 

以前も登場しましたが再度出しますね♪

 

 

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この二大勢力です。

 

 

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こちら当時の関東の勢力図ですが、上の謙信社長の下に北条と武田が大きな勢力を持っているのが分かりますね。この当時、武田信玄と北条氏康はどんどん領土を広げていたんですね。と言うことで謙信社長とぶつかることになるわけです。

 

武田は本拠地の甲斐から北上して信濃(長野県)まで手を伸ばし、北条にいたっては相模から武蔵(むさし=東京都)、上野(こうずけ=群馬県)から北上してその東の下野(しもつけ=栃木県)の一部まで勢力を伸ばしてしまうのでやっぱり謙信社長とは「臨戦態勢」になってしまうわけです。

 

と言うことで今回はその下野でのお話(やっと始まるんかい・・・(^_^;))

 

下野の佐野に「唐沢山城(からさわやまじょう)」と言うお城がありました。そこは「関東一の山城」「関東七名城」と呼ばれる「守る側に有利なお城」だったのですが、その当時この城を治めていたのが「佐野さん」と言う人。

 

この辺りの城主たちは中々「自分で国や城を守る」と言う力があまりなくて周りの大きな勢力の力を借りないとやっていけない状況でした。そこで佐野さんは決断をせまられるわけですね・・・。謙信社長につくか北条につくか・・・? で、佐野さん謙信社長につくんです。

 

そうすると「ふざけんな!」となるのが当然北条さん。「力ずくで城を落として占領しちゃるわ!」と3万5千と言われる軍勢を率いて佐野さんのいる唐沢山城をとりかこみます。絶体絶命の佐野さんと唐沢山城!

 

そこで「助けてくれよお」と謙信社長に早馬が来て、謙信社長は唐沢山城に向けて出陣するのですが・・・、その数8千・・・ と言われています(^_^;) 圧倒的に兵力が足りないんですね、謙信社長。

 

唐沢山城の近くに到着してなんとか城の中に入ろうと考える謙信社長ですが、城の周りを北条の軍勢が囲んでいて入れない・・・。そこで謙信社長が取った驚くべき行動は・・・? 丸腰!!!(→やっと出てきた!)

 

詳細は次回です!

 

明日も1日歴史でたのしくいきいきと!

 

 

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