理想の部下。組織の中で「逆張り」をすることでのオンリーワン確保

2017.04.03 (月)

真っ直ぐな人が多い「家康社長の家臣」の中でかなり独特だった正信さん

 

正信さんの家康社長への諫言=注意の仕方、いかがでしょうか??? まあかなり回りくどいですけどね・・・(^_^;)

 

でも上司に「注意」をすると言うのはそれほど「リスク」を負いますし、さらに「上司の顔を立てる」ことを考えて動けばそれだけリスクが少なくなると言うことはあるかなと思いますので正信さんのやり方はあながち・・・、間違いではないと言えると思いますね。

 

これはおそらく「自分」と言う存在をクローズアップするための正信さんの「意図的な作戦」だったところも見受けられます。前でふれましたが、家康社長の主な部下である「三河武士」の皆さんの特徴はとにかく「まっすぐ」なわけですね。その当時の戦国武将のイメージ通りの「戦が強い」「我がつよい」と言う部分を持った人たちが多い・・・(^_^;)

 

こう言った人たちは上司から見れば「ありがたい存在」ではあるのですが、逆に言えば「うっとうしい」「容赦ないな、お前ら!」と言うマイナス面も持っています。本来もしかしたら「組織」と言う枠組みで考えた場合、言いたいことを言う部下は「危険な部分」を含んでいると言うこともあると思います。上司が家康社長のような「比較的冷静に物事を考えられる」人なら効果的な部分もありますが、それこそ直情型の信長社長だったら1回で切られる可能性がありますからね・・・(^_^;)

 

そんな部下が多かった徳川株式会社の中でもともとそちらの方が性に合っていたからと言うのもあると思いますが、正信さんは「気づいてもらう」やり方にシフトチェンジしました。それにより家康社長から・・・、オンリーワンの評価をもらった言えると思います。

 

この現象は当時の戦国時代を良く反映しています。いわゆるこの当時の戦国時代は以前にもお話しましたが「必要とされる人材」が・・・、戦(営業)が得意な人から内政(管理)が得意な人がより活躍する環境にシフトしていたと言えると思います。つまりそれこそ例えば50年くらい前であればまだ各地で戦ばかりしている「群雄割拠」の時代だったのが、信長・秀吉・家康社長が出現したことにより「戦国時代の終わり」が近づいていたと言うことです。

 

国内が1つになれば「戦」をする必要がなく、それからは国を経営していく能力のほうがより求められると言う世の中の環境が出来てきていた時でした。と言うことはより・・・、正信さんのような部下が評価される時代になってきていたと言うことになりますね。

 

これは徳川株式会社の中にも以前に「豊臣ホールディングス」のところでお話ししたいわゆる「武断派(戦=営業部隊)」文治派(内政=管理部隊)」の争いが起きていたことを表しています。徳川株式会社では「武断派=徳川四天王」VS「文治派=正信さん」の図式ができあがっていたと言うことですね。

 

実際に正信さんは徳川四天王の本多忠勝からは「腰抜け野郎!」、榊原康政からは「腸の腐ったやつ(ってなんですかいな!? 笑)と散々に言われています。四天王から見れば「戦で徳川を引っ張ってきたのは俺たちだ!」と言うのがあると思うのですが、すでに平和が見えてきて戦をする必要がなくなってきたこの時に必要とされていたのはまさに・・・、正信さんと言うことになります。

 

徳川株式会社の中で先を見越していち早くそのポジションをつかんで「オンリーワン」になった正信さんの「先見の明」をたたえるべきかなと思います。

 

次回でまとめます。

 

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