中間管理職の役割。桜井の別れから湊川

2016.11.28 (月)

進軍途中の「桜井の駅」で正成とその子正行は・・・

 

上司である後醍醐天皇への命がけの進言も「お公家さんの無意味なプライド」のためはじかれてしまい、討ち死にを覚悟して戦場に向かう正成さん・・・。

 

あ~、まだ言い足りんぞお~!!!(時間経ってるのに・・・(^_^;)) ほんとふざけんなっつうの! 有能な人材をつぶすんじゃねえよ!

 

こんな人たちいましたよ!私のまわりにも! 会議中にいくら提案しても「いやそれはちがう」「それもちがう」「なんかちがう(なんかってなんやねん!ほんまに!)」とか言って全部はじく人! それなのに自分の意見がまったく出てこないってどういうこと!?

 

他にはプライドが高くて「レベルの高い仕事しか俺はしないぞ!雑用はお前たちがやれ!」と言うやつ(やつと言っちゃった 笑)、更にはその又上から無理難題を言われてもプライドからか「出来ます!」と言ってそのまま下の自分たちに落としてくるやつとか・・・。

 

ほんとにねえ、言いたいのですが・・・、自分のモチベーションを上げるための「プライド」は必要なんですが、いわゆる「見栄」「体面」のたぐいの「プライド」は・・・、じゃ・ま・だから捨てちまえ!!! と言わせていただきますm(_ _)m 自分だけで終わらせているならまだいいけど、それをまわりにまき散らしているやつなどはもう最悪ですわ!(怒)

 

と言うことですでに500文字を超えましたんでこのへんにして(ほんとはもっと言いたいねんけど 笑)

 

正成さん、戦場の湊川(摂津国=せっつ=兵庫県)に向かう途中で桜井の駅でひと休み。ここで今でも語りつがれる涙なしでは語れない「桜井の別れ」がおこなわれるのです!

 

 

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現地にある父子別れに銅像

 

銅像の下の「滅私奉公」の文字がいかにも正成さんを良く表していますね。桜井は同じく摂津国にあった駅家※ですが、ここで正成さん、息子の正行(まさつら)を国に帰すんですね。

※駅家-古代日本に30里ごとに作られた施設

 

正成さんは負け戦に多くの兵の命を散らす必要はないとここで兵を減らしたそうなんですね。その時にまだ未来のある正行も帰すことにしたんです。ちなみに正行はこの時の歳は明らかではないのですが、10代前半でこの戦が初陣(はじめて戦に出ること)だったと言われています。

 

正成さん、当然ですが「親心」もあったんでしょうね、「この意味のない戦で死ぬのは自分だけでいい」と思っていたんだろうなあ(T_T) なんですけどね・・・、正行くん帰ろうとしないんですよ、やっぱり(T_T) 日頃から正成さんから「武士とはなんぞや」と教えられていたと思うので「自分も父上と一緒にお国のために戦い死にたい」と言うんですよ(T_T) もうここは(T_T)が連発になっちゃいますよ、やっぱり・・・(T_T)(あっ、また・・・)

 

それを正成さん、泣く泣く無理やり帰すんですね(T_T) なのでほんとに泣けるんですよおおおおお、この場面は(T_T)

 

正成さん、どんな気持ちだったんですかね??? 色々思うところあると思います。「無念」の気持ちとか「後悔」の気持ちとか・・・。

 

このシーン美談になってはいるけれど誰だって人間ですもん、正成さんだって「後醍醐天皇」に不満がなかったとはどうしても思えないし「なんで分かってくれないんだ」と思ってたと自分は思いますが・・・。 ぜ~んぶのみこんで死に場所にむかうわけです(T_T) すげえなあと素直に思いますし、こんな人の下で一緒に働きたいですね!

 

長くなっちゃったので次回でまとめます。

 

明日も1日歴史でたのしくいきいきと!

 

 

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